映像産業

オーストリアでの映画撮影

ハリウッド映画のロケ地としてのオーストリア

オーストリアで撮影された映画のうち、最も有名なものはジュリー・アンドリュース主演による1965年の「サウンド・オブ・ミュージック」でしょう。この映画の舞台はオーストリア第二の都市であるザルツブルクです。幸運なことに、私たちProgressiveのスタッフはジュリー・アンドリュースと共に映画で使用された伝説的なロケ地を巡礼する機会に恵まれました。 また、近年、ウィーンザルツブルク、そして アルプス山脈 は数々のハリウッド作品において用いられています。この記事ではオーストリアで撮影された代表的な映画をご紹介します。

オーストリアで撮影された映画のうち、最も有名なものはジュリー・アンドリュース主演による1965年の「サウンド・オブ・ミュージック」でしょう。この映画の舞台はオーストリア第二の都市であるザルツブルクです。幸運なことに、私たちProgressiveのスタッフはジュリー・アンドリュースと共に映画で使用された伝説的なロケ地を巡礼する機会に恵まれました。 また、近年、ウィーンザルツブルク、そして アルプス山脈 は数々のハリウッド作品において用いられています。この記事ではオーストリアで撮影された代表的な映画をご紹介します。

クラシック映画

独特の雰囲気を醸し出した撮影が高く評価されている「第三の男」は1949年のイギリスのフィルム・ノワールで、時代を超えた名作だと考えられています。監督はキャロル・リード、脚本はグラハム・グリーンが担当しました。特筆すべき出演者はオーソン・ウェルズで、撮影は戦後のウィーンで行われました。


ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンとリンゴ・スターの4人からなるロックバンド、ビートルズ主演の長編映画の2作目「ヘルプ!4人はアイドル」のスキーのシーンはザルツブルク近郊のオーバータウエルンで撮影されました。撮影のためにこの場所が選ばれたのは、イギリスからの観光客で賑わう有名リゾート地と比べると、主演である4人のロックスターが特定され、騒ぎを引き起こす可能性が低かったからです。スキーのシーンでは、現地のスキーヤーがスタントを行っています。ちなみに、ビートルズは撮影中「エーデルワイス」というホテルに滞在していました。


世界で最もその行方が探されている映画のひとつ、「山鷲」はチロルで撮影されました。これはヒッチコック監督の作品のうち現存していない唯一の長編映画です。


20世紀の半ばには、数々の映画史に残る名作がオーストリアで撮影されました。ウィーンに強く結びついた映画と言えば、キャロル・リード監督、グラハム・グリーン脚本による1949年の「第三の男」が真っ先にあげられるでしょう。この映画は後にアカデミー賞を受賞しました。今日では、「第三の男」ツアーにより、熱烈なファンは撮影で使用されたウィーンの下水施設を訪れていることで知られています。


「サスペンス映画の神様」と呼ばれるアルフレッド・ヒッチコックによる1920年代のサイレント映画、「山鷲」はケンタッキーを舞台としていますが、撮影はオーストリアのチロルで行われました。映画のフィルムのコピーが発見されていないため、この映画は現存していないと考えられています。数枚のスチール写真は発見されており、2012年12月にロサンゼルスのオークションで競売にかけられました。この映画のフィルムに何が起こったかは、ヒッチコック作品にまつわる数多くのミステリーうちのひとつに過ぎません。

「007 スペクター」(2015年)

ロケ地: ゼルデン、アルトアウスゼー、オーバーティリアッハ


ゼルデンの最高地点であるガイスラッハコーゲル山頂に位置するレストラン「Ice Q」はガラスによる立方体状の建造物で、この映画の中では診療所という設定で使われています。見所のカーチェイスのシーンは、ゼルデンとエッツタール氷河を結ぶエッツタール氷河道路で撮影されました。この道路の高度は1377mから2800mで、全長は16kmです。

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このカーチェイスのシーンでは、ジェームス・ボンドは小さな飛行機で誘拐されたボンドガールを追いかけます。この撮影のために、16kmのエッツタール氷河道路は封鎖されました。チェイスの結果、ジェームス・ボンドはスキー場に不時着せざるを得なくなり、滑走時にキャビンを破壊してしまいますが、なんとか横滑りして着陸することに成功します。


このシーンの撮影に関するエピソードを紹介しましょう。この撮影には複数の飛行機が使用されましたが、東チロルには十分な大きさの格納庫がなかったため、これらの飛行機はテントに保管されていました。まず、2機の稼動可能な飛行機が用意され、片方は空中での、もう片方は地上での撮影に使用されました。不時着を再現するためには、いくつかの大道具として製作された壊れた飛行機が使われています。また、このシーンの撮影においては、除雪機と、地面を滑走する飛行機を元の場所に戻すためのトラクターも使われました。

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この映画の多くのシーンは東チロルのイタリア国境に近い村、オーバーティリアッハで撮影されました。例えば、ゴルツェンティップというスキー場にはボンドの家が設営されました。出演者のひとり、デビッド・バウティスタは次のようにコメントしています。「全てが現実離れしていて、まるで絵画のようだった。」


アルトアウスゼーの湖と近隣の村もいくつかのシーンに使われています。この地域は帝国時代には人気のある休養地だったため、数多くの美しい別荘や狩猟小屋があります。アルトアウスゼーにはオーストリア最大の岩塩鉱山があり、過去にはナチスにより、ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、レンブラントの作品をはじめとする6700点以上の美術品を隠すために使われました。

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この映画のオーストリアで撮影された20分の部分は、1億人以上の観光客をこの国に引き付けました。オーバーティリアッハで撮影が始まった日に産まれた2頭の子牛はダニエル・クレイグとレア・セドゥと名づけられています。


ちなみに、過去の007シリーズの作品のいくつかもここオーストリアで撮影されています。1987年の「007 リビング・デイライツ」はべグレンツで、そして2008年の「007 慰めの報酬」はフェルトキルヒで撮影されました。

「三銃士」(1993年)

アレクサンドル・デュマの小説「三銃士」を原作とする1993年の映画は主にイギリスとオーストリアで撮影されました。ウィーンの他にも、ニーダーエスターライヒ州のペルヒトルツドルフ、ペトロネル城、コルノイブルク、ヒンターブリュール、マリア・エンツェルスドルフ、レッツの風車、およびブルゲンラントのマルクト・ザンクト・マルティンといった場所が撮影にしようされました。ロケ地と城、ランドゼーの城跡とリヒテンシュタイン城は歴史上のフランスを完璧に模しています。主要人物を演じたのはチャーリー・シーンやキーファー・サザーランドのような有名俳優です。

「デビルクエスト」(2011年)

ニコラス・ケイジ主演の2011年の冒険ファンタジー映画、「デビルクエスト」はオーストリア、ハンガリー、そしてクロアチアで撮影されました。この映画の制作者たちは完璧なロケ地のためにヨーロッパ中を探していました。最も重要な要素のひとつは、適切な中世の城を見つけることでした。そして、まるでおとぎ話に出てくるようなオーストリアのクロイツェンシュタイン城に白羽の矢が立ったのです。この城はオーストリアからわずか20kmほど北にあり、ドナウ川流域のすぐ上に位置しています。映画の筋書きにとって、正真正銘本物の城であることが重要だったので、製作されたセットは補助的なものにとどまっています。

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「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」(2015年)

この映画のために、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が20分にわたってクラシック音楽を演奏しています。録音はウィーン楽友協会の大ホールで2日間にわたって行われ、プッチーニ、モーツァルト、そしてベートーヴェンの作品が収録されました。監督のクリストファー・マッカリーはこの機会を「即席のクラシック」と呼び、次のように述べています:「この2日間は私にとって特別なものでした。最高のホールで、最高の音楽家たちによる最高の音楽を聴くことができました。」実際の映画では、全ての動きが音楽と完全にシンクロするように特別な注意が払われ、まるで映画のために書かれた音楽であるかのように錯覚することでしょう。例えば、アクションシーンでは劇的な音楽が用いられ、ミステリアスなシーンでは静かなメロディが用いられています。

このシーンの主な撮影地は地下鉄のStaatsoper駅とSchottenring駅でした。アクションシーンの大部分はウィーン国立歌劇場の周辺および屋上で撮影されました。いくつかの撮影は国立歌劇場の内部でも行われていますが、屋内のシーンのほとんどは、後にスタジオで内部を再現したセットで撮影されています。このアクションシーンには300人の技術スタッフと1200人のエキストラが必要でした。また、これは過去30年でウィーンで行われた撮影のうち、最も大規模なものでもあります。このシーンにおかげで、ウィーンには400万ユーロの臨時収入がありました。

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「黄金のアデーレ 名画の帰還」(2015年)

この映画のプロデューサーたちにとって、ウィーンでの撮影は快適な経験でした。彼らはオーストリアの現地スタッフと創造的な共同作業を行うことができたのですから。映画の制作者にとって、「真性さ」はたいへん重要な要素でした。なぜなら、この映画はウィーンで実際に起きたことを題材にしているからです。

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この映画の製作スタッフは、100人以上の技術スタッフと数千人のエキストラを含む、極めて大規模なものでした。「黄金のアデーレ 名画の帰還」の制作総指揮は、アカデミー賞受賞経験のあるハーヴェイ・ワインスタインで、主な出演者はヘレン・ミレン、ライアン・レイノルズ、そしてダニエル・ブリュールです。この映画で使われたウィーンの特別なロケ地は、聖ウルリヒ教会広場、ユーデン広場、ルーズヴェルト広場、国会議事堂、プラーター広場、ベルヴェデーレ宮殿、ウィーン国立歌劇場、ホテル・ザッハー、アウエルスペルク宮殿、そして「ゼンパーデポ」と呼ばれるウィーン美術アカデミーのアトリエです。

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「危険なメソッド」(2011年)

この歴史を題材とし、ジークムント・フロイトとカール・グスタフ・ユングの確執を描き出すドラマ映画はウィーンで撮影されました。ベルヴェデーレ宮殿はもとより、ジークムント・フロイトの実際の住居も使われています(この住居は現在はジークムント・フロイト博物館になっています)。また、フロイトが使っていた机も映画の中に登場します。

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ユングはチューリヒ湖の湖畔で働き、勉強していました。しかし、現在では周囲に近代的な建物の並ぶこの湖は映画の撮影には適しているとは言えません。代わりに、ボーデン湖が撮影のロケ地として選ばれました。この湖には文化的中心地としての過去がありますから、周囲には歴史を感じさせる建物が並んでおり、この映画に最適なロケ地となりました。この湖はまた、ハンガリーのバラトン湖、スイスのジュネーブ湖に次いで、ヨーロッパで最も面積の広い淡水湖のひとつです。

「恋人までの距離」 (1995年)

若い男女が列車で知り合い、一緒にちょっとした観光をすることを決める――こうして、全編ウィーンを舞台とする映画が幕をあげます。彼らの旅はウィーン西駅から始まり、ウィーン西駅で幕を降ろします。彼らはウィーンの無名者墓地を訪れ、そこで主人公のひとりであるセリーヌは、墓石の前でエリザベスと言う13歳の少女について語ります。彼らはその後都市中央へ向かい、アルベルティーナ広場からシュヴァルツェンベルク宮殿のホテルへと向かいます。

撮影スポット

1. ウィーン西駅: ここからセリーヌとジェシーのウィーン散策が始まります。

2. Zollamtssteg橋: 主人公たちはここで見知らぬ二人に出会い、劇場に招待されるシーンます。劇場では1頭の牛の物語が上演されます。

3. マリア・テレジア広場: 二人は広場に沿って歩きます。

4. ウィーンの大観覧車: 二人が初めてキスをした場所です。

5. ドナウカナル: セリーヌとジェシーが詩人と出会い、詩を書くための題を与えてほしいを頼まれます。二人は「ミルクセーキ」と答えました。

6. クライネス・カフェ: 二人はここで初めて一緒にコーヒーを飲み、手相占い師からは二人ともスターの相があると評されます。

7. マリア・アム・ゲシュターデ教会: セリーヌとジェシーが話をします。

8. カフェ・シュペール: 二人は二度目のコーヒーをシェアし、セリーヌはジェシーと共に、彼女と一緒に食事をするはずだったパリの女友達との電話での会話の予行練習を行います。

9. アルベルティナ美術館: 二人は美術館のバルコニーからウィーンの夕焼けを眺めます。

10. ドナウカナルのヨハン・シュトラウス・ボート: ここでセリーヌとジェシーは彼らの別れについて語ります。

11. 二人は公園でワインを飲み、そしてアルベルティナへ戻ります。そこでジェシーは詩を朗唱します。

12. ウィーン西駅: 二人は旅の始まりの駅に戻ると、同じ場所での6ヵ月後の再開を約束します。

ナイト&デイ (2010年)

トム・クルーズとキャメロン・ディアス出演のこの映画のうち、18分間はザルツブルクで撮影が行われました。この映画には、リンツァーガッセ、ザルツァハ川、ホテル・シュタイン、大聖堂、マックス・ラインハルト広場といった名所が登場しますが、列車駅はザルツブルクのものではありません。この制作では、ファンとパパラッチを撮影現場から遠ざけるために多大な労力が払われました。キャメロン・ディアスは次のように述べています。「銃撃シーンを撮影した時には、発砲音が街中に響き渡りました。ザルツブルクはとても小さな街ですから。まるで街全体がヘリコプターで攻撃されているみたいで、衝撃的でした。」

そしてその他にも...

オーストリアでは、過去の数々の名作、例えば1965年のビートルズの映画「ヘルプ!4人はアイドル」や2001年の「ブリジット・ジョーンズの日記」の他にも、今日でも数多くの映画が制作されています。これは、オーストリア政府が、(大規模なものを含む)映画制作により多くの機会を与えられるようバックアップしてくれているおかげなのです。

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